~ライズとわた史~なぜライズは必要なのか?⑲

成績アップと、大分の高校入試、大学入試、豊府中入試に強いライズのERです。

どうしたらみんなを
喜ばすことが出来るかを
毎日考えるようにしなさい。

そうすれば憂鬱な気持など
吹き飛んでしまいます。

反対に自分のこと
ばかり考えていたら、

どんどん不幸に
なってしまいますよ。

アルフレッド・アドラー

「無料イラスト 著作権フリー 悩んでいる人」の画像検索結果

2009年に入ったある日。4月からも「R志学会rise金池校」の生徒たちと仲良く勉強をしながらやっていくんだろうな,と思っていた,ある日。塾長から話が。個別部門のみの校舎を作る,と。その教室長を自分にやってほしい,ということでした。

「R志学会rise金池校」は自分が初めて教室長になった校舎で,生徒数は少ないながらも思い入れはありました。

少し寂しい気持ちにはなりましたが,2009年4月より「R志学会T-Da豊府校」の教室長として,「R志学会rise南大分校Oneself」の高校部の個別部門の生徒たちが新しい校舎に通うことになりました。

この2009年から,自分の人生はさらに変わっていきました。特に2009年は自分の中では一番悩んで苦しい時期,でした。その頃には,悩んでも苦しんでも周りに心配されるほど表に出さないようにはなっていました。少し大人になって来たんでしょうね。

一番鍛えられたのはアルバイトの先生との関わり方,でした。「R志学会rise金池校」では先生にも生徒にも恵まれていたので,というか賢い人が多かったので,自分にうまく合わせてくれてたんでしょうね。「R志学会rise金池校」では,指導はすべて医学部の本当に優秀な先生たちにお任せしていたので,「R志学会T-Da豊府校」は自分が指導法などを教えなくてはならず,授業には全く自信のなかった自分は英語の指導に関しても実は自信をなくしており,「できないヤツが指導法を語るのはどうなのか」と思っていました。ただし,「R志学会T-Da豊府校」は映像とテキストのhybridだったので,それほど自分が語る必要がなかったのが救いでした。

当時は教室長は何でもできないといけないし,人に好かれないといけなし,と自分にはない力を身につけなければならない,と何をやるにも「力が入りすぎていました」。三重の「シッチョー」を手本としていたので,なおのこと自分には無理だとは思いながら,日々業務にあたっていました。

ムリだと思いながらやってるからうまくいかなかったんでしょうね。そのうまくいかないという感情がさらにマイナスを呼び込み,家でもイライラしていることが多くなりました。イヤイヤ期の長男の一言に怒って,怒鳴ってしまうこともありました。

また,生徒さんからクレームが来た際,そのことに関してアルバイトの先生に厳しく言い過ぎたこともありました。アルバイトの時給がまちがっている事を指摘され,修正したものを手渡して謝罪しました。でも,「それは謝ったことになっていない。」と言われかなり凹みました。

1年目は,1日1日が長く感じるほどきつい日々でした。その当時,「バースデー休暇」なる制度がありましたが,自分は当時社員1名。自分の誕生日の時期は2学期期末テストの時期で休んでる暇はなく,1回しかその休暇は取ったことがないです。いや,取れなかったです。自分が任せられた校舎だし,こっちの不備で代わりに入ってもらった先生に迷惑をかけたくなかったので。

そして,2010年。苦しい日々が始まる予定,でした。が,この2010年~2012年は自分にとって最高の時期でした。

では,また。