~ライズとわた史~なぜライズは必要なのか?⑳

成績アップと、大分の高校入試、大学入試、豊府中入試に強いライズのERです。

恨みを抱くな。

大したことでなければ、

堂々と自分のほうから謝ろう。

頑固を誇るのは小人の常である。

にっこり握手して自分の過ちを認め、

いっさいを水に流して出直そうと

申し出てこそ、

大人物である。

デール・カーネギー

「無料イラスト 著作権フリー 秋」の画像検索結果

2010年。新しい生徒たちが入塾。それと同時にアルバイトも増えました。基本アルバイトは卒塾生かその友だちという条件でバイトをしてもらっていました。その年は大分大学に入学した「R志学会rise三重本校」の卒塾生がアルバイトに入って来ました。その子が入ったことで,「R志学会T-Da豊府校」の高校生の数が最大値となり,自分の高校生やアルバイトの先生たちとの関わり方が変わりました。

アルバイトではありましたが,社員並みに生徒さんに関わってくれました。その子は「シッチョー」に憧れていて,彼に受けた指導を「R志学会T-Da豊府校」の高校生にもしてくれて,おかげで高3生の人数はどんどん増えていきました。

この頃から自分の考え方にも変化が生まれてきました。それまでは,教科指導に不安を抱えながら生活をしていました。特に教室を持たせてもらっている自分が英語しかできないのはどうなのか?と思いながら数学の勉強をしてみたり,映像授業を使って物理の勉強を始めてはみるけれど,長続きしないし,「問題を解ける」レベルでは人に教えることはできない,ということもこの時に初めて知りました。

ある日,勉強に関することではなく,大した内容ではないことを生徒たちと話しているアルバイトの先生を見て,「教科指導よりも生徒さんと仲良くして,勉強をしてもらうという発想の方がいいのかも?」とふと思い,その時から,とにかく生徒さんに声をかけて仲良くしようと努めました。それまでは,塾の先生だから生徒さんになめられるのは×,と思いながら生きてきたのですが,逆にバカにされてもいいので,関わっていこうと努力しました。

すると,この時「塾に来るのは楽しい」と「R志学会rise金池校」の時に感じていた気持ちを思い出しました。アルバイトの先生とも関わっていこうと積極的に声をかけるようにしていきました。

それが良かったのかどうかは分かりませんが,明らかに生徒さんが増えていきました。

冬が近づいて来ると,高3生の悩みが増えていきます。その年はこれまで以上に相談をしてくれる生徒が増えて来ました。話しやすい環境を作っておいたことが奏功したのでしょう。ただし,人数も多く,アルバイトの先生がその相談に乗ってくれて,とても助かりました。そして,聞いた話を自分に報告してくれていましたので,自分も把握出来ていました。

この頃になって,やっと人と話すことに抵抗がなくなりました。いや,慣れてきたと言った方が正確ですね。人見知りであっても何とかなるとやっと思えるようになってきました。

この時に今までの「辞めたい!逃げたい!」という心の声は聞こえなくなってきました。

ちなみに文頭のデール・カーネギーの名言を載せていますが,他塾の塾長にデール・カーネギーの本のことを教えていただいたのですが,その時に即購入して今も時々読み返しています。

そのおかげで,この頃は「多くの本」と出合った時期でもありました。ちょうどReadersという制度があり,月に1冊「課題本」が出て本を読む決まりになっていました。自分はそれでは足りなくて,月に10冊は本を読んでいました。いまだに,びっしり書かれている本であっても200ページ程度の本であれば2日あれば読んでしまいます。

いろいろな人の影響を受け,強制的に自分を前向きにできたと,この文を書きながら気づきました。結局,悪いと思えば悪いし,良いと思えば良いということなんだ。気持ちの問題なんだ,ということですね。

2010年は自分のこだわりを吹っ切れた年といえますね。では。