偉人の妄想インタビュー⑥ ~菅原道真~ その4

こんにちは。

全て、講師亀崎の妄想です。ちょっとした読みもの的な感じで作ってみました。

広い心で、暇つぶし的に読んでいただければ幸いです。

 

今回も、菅原道真です。

学問の神様として有名ですね。

今回のメインは「宮家と北家の仁義なき戦い」です。

 

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インタビュアーを「I」、

菅原道真を「菅」とする。

 

I:良房がからむ排斥運動といえば、もう一つありましたね。

菅:「応天門の変」な。

  応天門の火事を伴善男(とものよしお)のせいにしたやつ。

I:伴善男は、承和の変には関係なかったんですか。

菅:健岑(こわみね)と善男は同じ伴姓やけど、けっこう遠いんよな。善男は無傷やったんや。

I:なるほど。それで、結局だれが応天門に火をつけたんですか?

菅:それがな~分からんのよな~。

  結果的に一番得をしたのは、確かに良房やわな。

  伴氏を排斥して、怖いもんナシや。

  そうなると、証拠もねえし、うかつなこと言うと良房が怖えし。

  誰もこの話をせんごとなった。

I:良房はかなり強引な方だったようですね。

菅:基経のオイサンも、なかなかで。

  清和天皇も幼い陽成天皇に譲位するんよな。で、摂政は基経のオイサン。

  陽成天皇の母親はオイサンの妹やったんや。

  ところが、あるときからこの皇太后と基経の仲が悪くなったんやな。

  そしたら、陽成天皇とオイサンが仲悪なって。

  最終的には、オイサンが陽成天皇を退位させたけんなあ。

I:そんなことできるんですか?

菅:表向きは、病気のため陽成天皇みずから退位なされた、っちゅうて。

  こん時、陽成天皇はまだ17,8歳や。

  ほんで、次の天皇が光孝天皇やな。こん時光孝天皇は55歳や。

I:なんかスゴイですね。

菅:基経のオイサンは、関白になったけんなあ。

  でも、3年ぐらいで崩御するんや。光孝天皇が。で「阿衡の紛議」が起こる、と。

I:そう考えると、宇多天皇と藤原氏の関係性が薄いですよね。

菅:関係が薄いどころか、よ。

  宇多天皇としては「阿衡の紛議」の件で、基経に対してあまりいい感情は持てんわな。

  「結局、基経の都合のいいようになるんかい。オレが天皇やぞ」と思うやん。

  結果、天皇は基経のオイサンっちゅうか、北家とは無関係の人間を登用していくんよな。

I:その中の一人が・・・

菅:オレやな。他にも源氏や藤原南家の人もおった。

  もちろん、基経の息子の時平も高い役には就いちょんので。

  でも、力が藤原北家に集中せんようにガンバっちょったわ。

  で、これぐらいの時期やな。「アレはもうやめようで」っちオレが言い出したの。

I:あ、遣唐使ですね。

菅:ホントいうとな、宇多天皇から

 「久しぶりに遣唐使出すけん。道真、行っちくりい」ち言われたんや。

  嫌やーん。あげー遠いとこ。

  しかも、そんとき唐は内乱で荒れちょってなあ。

I:「黄巣の乱」ですね。

菅:農民の大反乱な。

  それはだいぶ収まっちょったけど、もう唐は死に体でな。

  そげんとこ行きてぇ?たぶん、だれも守ってくれんやん。

  あとな、話は前後するけどな。

  「阿衡の紛議」でオレが基経のオイサンに手紙出したっち言ったやん。

  あの3年ぐらいあとに、オイサンが死んだんよな。

  で、そんときはまだ長男の時平が二十歳そこそこで若かったんよ。

I:宇多天皇としては、親政を行うチャンスだったんですね。

菅:そん通りや。

 

 

 

 

北家にばかり好き勝手にはさせない!

宇多天皇の新政に対する執念が感じられます。

 

次は、いよいよ菅原道真編の最終回。

いずこに東風は吹くのか?