偉人の妄想インタビュー⑤~桓武天皇~ その6

こんにちは。

全て、講師亀崎の妄想です。ちょっとした読みもの的な感じで作ってみました。

広い心で、暇つぶし的に読んでいただければ幸いです。

 

桓武天皇の第6回です。

 

なぜ平安京遷都を実行したのでしょう??

 

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インタビュアーを「I」、桓武天皇を「桓」とする。

 

桓:正直、平城京はちょっとな。しんどかったんや。

I:平城京のデメリットを教えて下さい。

桓:大きく二つあんねん。

  一つは、仏教と距離をおきたかったことやな。南都六宗の力がどんどん強なってきてたからな。 

  それに道鏡みたいなん、もう勘弁やし。

  もう一つは、いわゆる物流や。

  平城京は陸路で物を運ぶしかなかってん。

  全国から租とか調、庸米、庸布なんか集まるやん。船が便利やねんな。

  やっぱ、都は大きい川の近くにないとあかんのや。

I:そうなったときに、長岡京がちょうどよかった、ということですか。

  でも長岡京も10年ほどで遷都しますよね。

桓:長岡京の場所自体には問題がなかったんや。

  ただなあ、悪いことが続いたんや。

  最初は、藤原種継(たねつぐ)暗殺やった。

I:大伴氏や早良(さわら)親王の犯行と伝えられています。

桓:種継には悪いことをしたと思てる。

  種継に任せすぎたんやな。

  とりあえず、あの事件に関与したものは全員捕まえて処罰はしたんや。

  早良もなあ・・・。

I:桓武天皇からすれば、実弟ですよね。

  直接的な関与が薄いと言われています。

桓:そう。そうなんやけど、っていう。

  早良は仏教界との、特に華厳宗(南都六宗の一つ)とのつながりが深かったんや。

I:え?では、遷都にあまりいい顔をされなかったのではないですか?

桓:そうやな。それもあるし、種継とも性格的に合わへんとこもあったし。

  おまけに、種継暗殺に関与した多くの大伴氏とズブズブやったしな。。

I:早良親王の身の回り全般をしきってらしたんですよね。

桓:春宮坊(とうぐうぼう)、ゆうヤツやな。

  寺との関係も含めて、処罰せんわけにはいかんかったんや。

  ホンマはしばらく幽閉するだけのつもりやったんやで。

  まさか絶食して命を絶つとはなあ・・・。

I:しかも、その後に早良親王の祟りがあったことは有名ですね。

桓:妻の旅子や乙牟漏(おとむろ)、母ちゃんは死んだし、息子の平城天皇も死にかかるし。

  おまけに天然痘は流行るし。

  あと、洪水もあったんや。大きな川の近くに遷都したからなあ。

  裏目に出てもうた。

I:実際、早良親王は種継暗殺に関わっていたんでしょうか。

桓:どうやろな~。まあ、中心は大伴氏やと思うで。

  ただな、後から気づいたっちゅうか、少し気になったちゅうか。

  藤原小黒麻呂が少し怪しいねん。

I:藤原の四家でいうと、どこの方ですか。

桓:それがな、北家やねん。

  結局、種継暗殺事件で一番得したのは、北家やねんな。

  オヤジの即位の時は式家と北家と協力し合っとったけど、百川が強力やったやん。

  北家としてもおもんなかったんやないか?

  後になって思うと、種継暗殺事件の収拾で小黒麻呂の動きがごっつ早かってん。

  まあ、何も証拠はあれへんから、何とも言えんけど。

I:いずれにせよ、種継暗殺事件をきっかけに長岡京から平安京に遷都されたんですね。

桓:長岡京の立地は問題なかってんけどな。あれだけ悪いことがつづくとなあ。

  せやからな、立地条件もそうやけど、占いもして新しい都を決めたんや。

I:それが平安京なんですね。

桓:あと、名前もな。

  なんや、祟りとか呪いとか続いたやん。もう、そんなんイヤやから「平安」ってつけたんや。

  まあ、平安京に移してからは落ち着いたんやけど、遠いところが、な。

 

 

 

真の平安はまだ来ない・・・。

遠いところをどうするのか?

次回、桓武天皇の最終回です。